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今日という1日

1、疲れが溜まり、朝8:30まで爆睡。その後、メールのチェック、雑務をこなす。先日ブログで記した乳輪の反応がよい。

2、実家に薪を運ぶ。

3、昼、久しぶりに唐草館のランチへ行く。言うことなし。100点。帰りしな、丹崎シェフとマダムとしばらく立ち話。今年もお野菜よろしくと言われ、身が引き締まる。
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4、湯の川の雑貨屋さんFlaxさんでお買い物と立ち話。ここでも、女性オーナーから乳輪の件を言われる。近々、また遊ぶ約束をする。

5、何をやっても許される妹みたいな朋ちゃんが企んでるイベントの件で電話をもらう。フライアー、「panの森」じゃなくて「painの森」で刷っちゃいましたー、  あした、遊びに行きまーす、と。何回も言うけどうちはパン屋ではありません。朋ちゃんだから許す。

6、母親の野暮用で車を走らす。

7、昨夜遅く、海藻punkの吉川さんが海からあがったばかりの大量のホタテを持ってきたので、それをさばく。そんでもって函館の椴法華(とどほっけ)の海で作った塩のサンプルをもらう。旨い。前途の丹崎シェフ、以前料理は塩で決まると言っていた様な記憶がある。来月から商品化するそうな。ここしばらく、彼は塩釜作りに心血を注いでいた。linkにオーガニックケルプを追加したので、海藻punkの仕事ぶりを覗いて見てください。
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8、何をやっても許されないパソコンティーチャー藤井にホームページの細かいところを修正してもらう。ブログ以外のページも観てね。細かい部分で気付かないかもしれないけど、、、。藤井、お疲れ。お前が「painの森」と表記したら俺は許さん。

9、やりたいことが色々ありすぎてまとまらない。できそうなことからはじめよう。

10、独立独歩、唯一無二、孤軍奮闘することの意味を考える。誰もやったことのないことを狙ったり、奇をてらったり、人と違うことをしようと思っているうちはダメなのだと気付く。常に本質を見つめ、そこに立ち返る必要がある。差別化を図れと誰かが言う。差別化なんて図ろうと思っている時点で図れない。差別をされるのが皆、嫌なように、自分から差別化する必要もないだろうと思ったりもする。でも、ミソもクソも一緒にされたくはないとも思う。

11、時代を超える普遍性とは何かを考える。皮肉な答えだけど、時代と向き合うことでしか時代を超える普遍性は生まれないと思う。

12、時代と向き合うとは何かを考える。世相に敏感になることではないことだけはわかる。

13、考えるのが面倒くさくなってきたのでおとなしく寝ようかと思うが、家の中が異常に暑い。脱ぎたい。踊りたい。このCDでひとり、爆発します。

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乳輪、そして号泣。

一昨日の日曜日、夜。市内、某店にて。
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海藻punkのオーガニックケルプ吉川隊長、小国牧場ヘッドのオグニン、某新聞社の記者3名と俺。この冬に企んでる催しの打ち合わせと称した、ただの飲み会。最近、人が集まってふと気がつくと自分が一番年長ってことが良くある。この日もまた然り。でも、誰も俺に年長に求められるであろう社会的な規範に基づく、様々な立ち振る舞いを求めたりはしない。あいつにはムリってみんな分かってんだろうし、あまりにも体育会で、裏街道好きの俺と小国さんをちゃんと導いてくれる吉川隊長もいるし。まっ、吉川隊長も海藻をあんな風に商品化するなんて日本で誰もいないという点においては、相当ヤバイんだけど。

で、結局本題について話したのはお開き直前の僅か2,3分のみ。まっ、そんな感じで、と一致団結。どんな感じやねん?小国さんの「ホルモン剤を多用したオージービーフを食い続けると、巨乳になる」という実話に基づくありがたい演題に端を発して、「牛の乳輪と女性の発情相関関係」までは良かったが、その後はただの乳輪談義へ突入。よくもまあ、乳輪だけであんなにしゃべるもんだねー、みんな。つーか、俺も?でも、くだらねー話を哲学的に、笑えないほどシリアスな話をバカバカしく話せるのは何だか生きる力をもらえるね。笑いながら泣けるし、泣きながら笑える。なんにしても面白かった。

一夜明けて、昨日。ほぼ、ボロ雑巾状態ではあったが、どうしてもスプリングスティーンの「live in バルセロナ」が久しぶりに観たくなって、ディスクイン。が、僅か、10秒で涙腺決壊。もう、何十回と観ていてセットリストはもちろん、各メンバーの動きやカメラワークに至るまで、ほぼ一挙手一投足まで丸暗記している映像にもかかわらず、、、。これは単に好きだからとか、ファンだからとか、思い入れとか、趣向の違いとかそういうことだけなのだろうか?どうもそれだけではない何かがあるような気がしてならないのだが、、、。それが何なのかは説明もつかないし、よくわからない。ただ、ボスとE street bandの面々がステージに登場した瞬間の互いへの信頼とか友情とかリスペクトとかが、表情・ツラ構えからビシビシ伝わるのだ。演奏がどうのこうのっていうマニアな部分よりも、この人間関係を作り上げることのほうが多分重要。それでいて、巨大なスタジアムにいる何万人というオーディエンスの誰一人として置き去りにされたり、疎外感を味わうことはない抱擁力。

ふと、一昨日の夜のことを思い出す。若い頃、妬みと嫉妬の塊で生きてきた俺が、彼らにはどういう訳だかまるで嫉妬心というものがない。一本突き抜けている彼らには、最大級の信頼とリスペクトを寄せているつもりでいる。嫉妬心というのは何も男と女の「惚れた腫れた」の話に限ったものではなく本当にロクなもんじゃないと思う。かつて同じフィールドや土俵にいた人間が羽ばたいた時に感じる才能や環境、人脈に対する嫉妬。それはもう、嫉妬した人間が自ら相手との壁を作り上げ、断絶の道を自ら作り上げていると思う。体験者にはよーくわかります。それを回避する手段は自らを研磨するしかありません。

一昨日と昨日。まったく違う1日。でも、紛れもなく俺の一日。ありがとう友人、ありがとうボス。ドームやスタジアムで観たいなんて思うミュージシャンなんて皆無だけど、ボスに関して言えばドームやスタジアムでなければダメなのだ。そう、本編ラストの曲「land of hope and dreams」の一節はこうだ。「この列車、聖者と罪人を乗せている。売春婦と賭博師を乗せている。失意の底にいるもの乗せている。絶望したものを乗せている。泥棒と今は亡き心優しき魂を乗せている。さあ、スーツケースを持って何処へ行くかは分からないが、ここへ戻ってこないことだけは分かっている。持てるものだけ持って、あとは置いていこう。」

いろんな人間を受けいれるのは人間的なキャパと実質的なキャパもでかくないと。だからボスのライブはドームかスタジアム。俺も人間的なキャパと実質的なキャパ(開墾)広げれるかな?

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同時代を生きる

昨夜、遅く。久しぶりにヒロシ兄(HEATWAVE 山口洋)のブログを覗いたら、思わず笑ってしまった。ここ数日、俺がブログで書きなぐっていた「内なる声」とか「スプリングスティーンに対する思い」とか、偶然だけど、ほとんどおんなじようなことが書いてあった。昨年、彼はこんなようなことを言っていた。同じ時代に、同じようなビジョンを描いて奮闘しているなら世界は違えど、ほぼ同じような壁にぶち当たっているはずだ。そういう連中と本当の意味での「連帯」をしていく、と。もちろんわが街にもそのような思いを共有できる仲間がいる。きっと世界中にいる。孤軍奮闘しながら「連帯」するというのは、なかなかいい関係だと思う。同時代を生きるということは、そういうことなのかもしれない。

昨日記した、フィンドホーンの一節。あそこにはあまり記されていなかったが、フィンドホーンのメッセージはすごく簡単だ。簡単だけどものすごく大変である。簡単に言うと常に「内なる声」に耳を傾け、それに従うこと。そしてそれを日々、自分のすべき仕事において妥協なく全力で行い、愛と感謝と笑いとユーモアをもって行うこと。どんなにくだらない、つまらないと思える仕事でもそれを実践すること。これがなかなか難しい。もちろん一夜にしてできる訳もなく、
一生かけても到達できるか否か。それでもあきらめず、日々行いなさい。否定的な考えは排除しなさいと。

人間、こんなもんでいいだろうって思ってやると、こんなもんしか出来上がらないし、これくらいでいいだろうって思うとこれくらいのもんしかできない。やったようにしか結果はでないのだ。農業もまた然り。この辺でいいだろうって思うと、必ずしっぺ返しが来るのだ。それを、台風だったり大雨のせいにするのは簡単。さらにもっともらしい言い訳をするなら、自然相手だからねーとか、自然の摂理を受け入れているのでー、なんてどこかの某「panの森」のようなもっともらしいうたい文句をつける事も可能なのだ。アスリートの世界でも料理人の世界でも、どの世界でも一緒だと思う。規模の大小、一流二流、有名無名、回しているお金の大小の問題ではない。いま自分のおかれている環境でどこまでやれるかってことだとおもう。テキトーにやればテキトーにしかならないし、それは必ず回りに伝播して見透かされてしまう。テキトーにやるのと、テキトーさ加減のブレンドをわきまえてるのとではえらい違いだと思う。俺もテキトーさ加減のブレンドをわきまえることができればと思いますです。はい。

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days

普段、新聞も取ってないしテレビも観ないけど、時間に余裕のあるこの季節は一応、ニュースだけは見るようにしている。世の中を知るツールがニュース番組だけってのも甚だ危険だとは思いつつも、あんまり世の中のこと知りたくないって気持ちもどこかにあって、、、。

イスラエルとかガザ地区とかハマスとか、、、全然何がどうなってんだか、歴史的背景も文化の違いも宗教的なことも全然勉強もしてないし、、、なんだかあんまり知ろうという気にもなれず、、。多分どちらにも言い分があるんだろうけど、、。

遠く離れた極東の島国の北のはずれで、呑気に畑なんぞを耕しているもんがガザ地区で起こっていることを「対岸の火事ではない」と思うにはそれ相当のイマジネーションが必要だろうと思う。今のところ俺の住んでる街は経済封鎖なんてされてないし、空から鉄砲でも槍でも降ってくるわけでもなく、、、数日間で何百人と死者が出るなんて事は想像しにくい日々であったりする。平和といえば平和。ガザ地区と比べて、こっちは何て平和なんだろう、感謝して生きよう、、、何かそういうのもピンとこない。

ニュースから飛び込んでくる映像を観ていると、何故に人間はあのような行動に走るのかって事だけが?マークとしてだけ残る。色々と勉強したり歴史を紐解いていくときっと何らかの原因・きっかけというものがあるのだろうけど、、、。かつてHEATWAVEの山口洋はこう歌っていた。「世界は語らぬほうがいい、若い頃に体で捉え、そのうち知識で捉えたら、いつか魂でそれを捉えるのさ」と。俺自身がその棘のプロセスを踏んで「魂でそれを捉える」ってレベルに達しているかといえば、甚だ疑問。けれど、あの映像を観ていると知識とか歴史とかは分からなくても、直感的に或いは生理的に「NO」という感情が沸いてくる。歴史を学び紐解いていくと、おそらくはどちらかに非があることが判明し、その非があるほうを非難して「NO」と言うかも、、それも嫌なのだ、、。 少々長く(かなりかな?)なるけど、1995年に出会った一冊の本の中から引用しておきます。

一人の人間として私は何ができるでしょうか?私の責任はどこにあるのでしょうか?世界平和について話をすることはできますが、それで平和を実現できるわけではありません。世界平和について書き、パンフレットを送り、平和行進に参加することもできますが、それで平和をもたらせるわけではありません。大きな国際的な平和会議を開催することもできますが、それで平和を実現できる訳ではありません。
私たちはみな平和を望んでいるのに、どこかで間違っているのです。上からはじめるのではなく、基礎から始めなければならないのです。私たちは自分の思うとおりのものになります。もし国民全体が攻撃的かまたは防衛的であれば必ず戦争が起こります。国民の心にねたみや欲や憎しみがあると、どんなに平和を口にしようと平和はやって来ません。国全体の考え方と意識を変えれば、その国の外交政策も変わります。意識の変化によってのみ、世界を破滅から救うことができるのです。人にお説教したり政府を批判しても無駄です。変わる必要があるのは他の人々ではなく、私達自身なのです。
世界平和の実現は一人ひとりの内から始まります。私とあなたの内部から始まります。それはプールに投げ込まれた石のようなものです。波は外へ外へ広がっていきますが、それは真ん中から始まるのです。私達は今すぐにでも、平和のために始めることができます。私たちの心の中をみつめましょう。私達の人生に何が起こっていますか?家族には何が起きていますか?一緒に働いている人との間には?昨日、夫とけんかして腹を立てた結果、一体、何が起こるでしょうか?自分の意見に反対したからもう二度と口をきかないとあなたが誓った人とは、どうなるのでしょうか?こうして平和が壊され、戦争が始まります。自分の毎日の生活に、平和をもたらし、まわりの人々を愛することを学ばなかったら、どうして世界に平和をもたらすことができるでしょうか?

私達は皆、病気の一部にも、いやしの一部にもなれます。私達次第なのです。世界中に否定的なものが満ち溢れています。新聞やテレビを見れば、否定的で破壊的な考え方がどっと流れ出してきます。こうした考え方に対するあなた方の反応が非常に大切です。その考え方を吸収し、気を滅入らせて、ついにはあなた方の周りの否定的なものの一部になってしまうこともできます。または、その状況をあなた方の愛で満たし、それを変えていくこともできるのです。あなたの内なる光が十分に強くないと、否定的な思いは黒雲のようにあなたを包んでしまいます。あなたの光をいつも輝かせておきましょう。一人でも多くの人々がそれを実行し、その重要性を悟れば、それだけ否定的な力と暗闇が消え、平和が地球におとずれます。ですから、光を輝かせ、私達の内なる光をもっともっと強く輝かせましょう。

平和な人は戦争に抵抗せずに、平和を実践します。もし、私達がどちらかの味方をすれば、それは攻撃を仕掛けることになります。防御の姿勢は戦いを誘発します。なぜなら、心の中ですでに戦っているからです。平和は戦い取るものではありません。自分の心の中の平和を達成しないと、平和の本質を理解することはできません。心の平和を実践するのは、絶え間ない祈りです。私達全員、常に行う必要があります。これこそ平和をもたらすものなのです。

平和の真の意味を理解するために、外見から目をそらし、目を閉じて静かにします。感覚を静め、深い呼吸をします。平和な思いが意識に流れ込むにまかせます。心を愛と感謝に満たされていくままにします。あなたの愛を世界に注ぎ、世界が喜びと平和に満たされる様子を心に描きます。朝、平和な気持ちで一日を始める練習をしましょう。平和な思いで目覚め、それをその日一日、平和な思いで暮らしましょう。

愛なくして調和はあり得ません。愛はすべてのドアを開ける鍵です。愛はすべての傷を癒す香油です。愛は闇を照らす光です。愛はすべてを引き寄せ、全体を成し、ワンネスを創造します。愛は私たちに、自分の才能、助力、命を人に与えたいという気持ちにさせます。愛は生きる価値を与えてくれるのです。

愛のあるところ平和があります。お互いに愛し合えば、遠くに離れて、相手の生き方、宗教、儀式、信条、伝統等を批判したりしません。自分の中が平和であれば、他の人を変えようとはせず、お互いの違いを恐れることはなくなります。リラックスして心を平和で満たし、すべての人々と一つであると感じると、私達は外的な世界を超越して、まったく分離のない中心へと達します。そして、自分の中にこうした変化が起こると、自分の周りの人々にも同じ変化が生じたことに気がつくでしょう。私達の心が完全に平和である時、すべての対立は消え、私達は愛を通して人類を見るようになります。そして、神の目からすれば、すべてが一つ、ワンネスであると知るでしょう。神は愛だからです。私達は自分達の思うとおりのものだ、ということを思い出しましょう。私達は自分の思うとおりに創造するのです。私達は本当に、神の共同創造者なのです。
                 「フィンドホーンの花」 アイリーン・キャディ著

この本と出合ってから14年。少しはまともな人間になっただろうか?相変わらず、自分の半径においては、アンビリーバボーな出来事が山積している。少しずつ少しずつ、暗闇を光に変える努力をせねば、、、。時間はかかるけど。


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予告!!

えー、昨年ちょこちょこと長いキャリヤを積む素晴らしいミュージシャン(つっても山口さんとリクオさんだけですけど、、、)のライブを開催して、いろんな感想をいただきました。「これからも続けて下さい」「もっとたくさん開催して!」「私が知らないだけで、素敵なミュージシャンってたくさんいるんですね。」「真の音楽文化を根付かせましょう!」「もっといろんな人紹介してー!」etc...ありがたいお言葉だけど、いっぺんに言わんでくれー!でも、そろそろいい音楽聴きたいっすよねー。って言うことで決まりました!詳細は後日newsのページでアナウンスしますんで、今しばらくお待ちを!

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There is the way,not the answer!

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