calendar
<< June 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930
archives
201607 (2) 201606 (13) 201605 (7) 201604 (6) 201603 (7) 201602 (6) 201601 (11) 201512 (4) 201511 (6) 201510 (14) 201509 (9) 201508 (8) 201507 (15) 201506 (6) 201505 (11) 201504 (4) 201503 (9) 201502 (6) 201501 (12) 201412 (10) 201411 (9) 201410 (16) 201409 (14) 201408 (14) 201407 (15) 201406 (9) 201405 (6) 201404 (5) 201403 (10) 201402 (6) 201401 (12) 201312 (10) 201311 (10) 201310 (13) 201309 (13) 201308 (15) 201307 (16) 201306 (11) 201305 (13) 201304 (9) 201303 (11) 201302 (9) 201301 (10) 201212 (14) 201211 (13) 201210 (15) 201209 (11) 201208 (13) 201207 (9) 201206 (11) 201205 (11) 201204 (8) 201203 (9) 201202 (8) 201201 (9) 201112 (13) 201111 (10) 201110 (13) 201109 (16) 201108 (19) 201107 (16) 201106 (16) 201105 (13) 201104 (16) 201103 (16) 201102 (14) 201101 (16) 201012 (16) 201011 (15) 201010 (13) 201009 (22) 201008 (22) 201007 (14) 201006 (13) 201005 (16) 201004 (15) 201003 (15) 201002 (12) 201001 (14) 200912 (13) 200911 (14) 200910 (16) 200909 (17) 200908 (18) 200907 (13) 200906 (9) 200905 (11) 200904 (10) 200903 (12) 200902 (9) 200901 (11) 200812 (11) 200811 (12) 200810 (14) 200809 (7)
tags
雑記 (961) 音楽 (228) (117) イベント (105) ニュース (80) 薪ストーブ (10) (1)
others
admin
search this site.

15年振りの雪山へ

何故かこの時期に、雪山への召集命令が下されました。

書けばそれだけのことだけど、わたくし何と15年振りの雪山です。

実はわたくし、2歳の頃から学生までの間、その殆どの時間を雪山で過ごしていて、簡単に言えば、他の世界のことはあまりよく知らずに育ってきたのです。

大学卒業と同時に一旦はその世界から身を引きましたが、色々と訳あって、20代も終わりに差し掛かってから再び現役に復帰し、数年間細々と生計も立てていました。

まっ、簡単に言うと、3流アスリート、分かりやすく野球で例えるなら、テスト生で入った消化試合のリリーフピッチャーってところかな?万年Bクラスで、しかも2軍の。

あれから15年、全く無縁の生活を送ってきて、雪山どころか、運動するということすらなかった15年。

しかし、恐ろしいことに、イメージは当時のまま鮮明に残っているので、そのイメージのまま突撃しようものなら、間違いなくものの5秒で骨折することも容易に想像できるのです。

こっちに住むようになってからも、たまにその筋の方々から色々なお誘いを受けることがありますが、自分の中ではとっくにケリをつけた「終わったこと」として丁重にお断りしてたのだが、今回はコロラド仕込みのミュージシャン兼スキーヤーから、「ヘイヘイ、オレのお下がりの板を貸すから行こうぜい」と、あまりに屈辱的なお誘いを受けてたので、僕の心の何処かに火が灯ったのかもしれません。

てな訳で、無事帰還することを目標に、しばし雪山へ行ってまいります。

最新鋭のマテリアルを入手したはいいが、現役時代のイメージと、年齢とともに日々好ましくない進化を続けるサイテーなフィジカル。このギャップを埋めるのは至難の技だ。

001.JPG
にしても、昨年辺りから出ている「ロッカースキー」。思い切って「フルロッカー」タイプにしてみた。キャンバーがない分、トップからの抵抗が少ないだろうから、力がなくてもスムーズにターンを描けるとは思うが、ルーズ過ぎて板からのレスポンスは感じ取れるのだろうか?深く内傾しないと板のグリップ感は出ないのではないだろうか?まっ、行ってからのお楽しみってことで。

comments(0) , trackbacks(0), この記事を編集する

days

毎年必ずやってくる寒の戻り。

昨晩からの雪で、今日は真冬の一日。

そしてニュースをみて、ずっこける。

この国が本当に「紙一重」で存亡しているのだということを、改めて知ることに。

それが、本当に「ネズミ」なのか、或いは別の要因だとしても、「紙一重」であることにはこの先も変わりなく。

CO2を排出しないクリーンで安全なエネルギー、明るい未来に豊かな暮らし、地域の経済・雇用の捻出、電力の安定供給に、テロ対策も万全、エトセトラ、エトセトラ。

ひとたび想定外で壊れたなら、僕らの未来はずっと「紙一重」。

つまりは、ニンゲンがコントロールできると過信していた「核」というものは、何処かの国のテロリストが虎視眈々とその機会を窺うまでもなく、逞しくチュウチュウ生き延びてきた「ネズミ」によって、あっけなくコントロール不能に陥るということなのかも。

2ヶ月に一度の「そうまかえる新聞」が届く。

新聞配達員よろしく、市内で取り扱ってくれるお店へ配布。

南相馬市の高校生3人、イチゴ農家、地元スーパーの専務、僧侶でシンガーソングライターの「やなせなな」さん、それぞれのインタビュー。

一人一人の声を聞く事、地元のニンゲンがそれらの声を丁寧に拾いながら、それらを紙面にして全国各地へ届けるまでの道程。

僕の手元に届くまでの様々な道程を想像しながら、これからも続くであろう「紙一重」に対して自分はどんな未来を目指すのか、次の世代にどんなバトンを渡すのか?

そう言えば、畑を始めて2,3年目の頃だったか、収穫間近のカボチャ50玉くらいが、根こそぎ「ネズミ」のご馳走になってしまったことを思い出した。

いずれにしても、「ネズミ」に罪はない。

006.JPG

comments(0) , trackbacks(0), この記事を編集する

days

作業が本格化する前に、一度脳味噌をリセットすべく、家から小1時間ほどの温泉旅館で静養。

翌日、愛弟子を引き連れて、「プチ修行僧」の続き。

翌々日、とある映画監督が来函されていたので、夜遅くまでお会いする。

週末からは怒涛の種蒔きラッシュ。

ニンゲンとしてやるべき仕事満載、ある意味とても幸せ。

002.JPG

comments(0) , trackbacks(0), この記事を編集する

戦う男達

英・米を代表する「戦う男」2人の新譜が間もなくリリースされる。

めんどくさくて、ややこしくて、孤立じゃなくて孤独でいて、鉄のカーテンを下ろしているようで、とてつもなく懐が深くて、そしてニンゲンへの深い眼差し。

いつも勇気をありがとー。





comments(0) , trackbacks(0), この記事を編集する

days

テレビの特番が、どこを切ってもまるで金太郎飴みたいで、何だか胸がワサワサする。

いったい僕は、どんな未来を目指してるのか?

原発事故を機にこの国に露呈した醜さとは、いったい何が欠落したものに起因するのだろうか?

例えば、モラル、ニンゲンとしての気品、良心、思いやり、情熱、そして愛。それらが決定的に欠落した、ニンゲンの魂の劣化が全てなのだとしたら、それは原発のことや社会で起こっていることに未だ無関心でいる人々のことではなく、紛れもなく僕自身のこととして考えなければ。

南相馬の小高地区の光景を反芻しながら、今一度、本当の意味で目の前の「大間がぶっとんだ」ということを真剣にイマジンしてみる。

家族やコミュニティーはズタスタに切り離され、コタロウは「すぐに戻って来れますから、とりあえず3日分のエサを与えて避難して下さい」とか言われ、僕らから切り離される。ありえない。土地を追われ、それぞれの生活に追われ、それぞれの日々を生き抜くことで精一杯。そして、国や政府からは完全に見放され、世論は2年も経てば何もなかったことになる。

そんな状況で日々を生き抜くことを、さらにイマジンしてみる。

そんな時に僕が救われ、それでも生きていく意味を見出せるものがあるとしたら、それはそこに寄り添ってくれる生身のニンゲンの愛でしかない。

南相馬の友人が言うには、一番必要としている支援は金銭でも物資でもなく、生身のニンゲンとしての関わりですと。

それがあれば何とか生きていけるし、それが枯渇した瞬間、生きていながら死を意味するのかもしれない。

きっと、相馬・南相馬に住む友人たちは、自分達の生活を維持・再生するだけで精一杯にもかかわらず、それでもなお、私利私欲ではなくなく、誰かのために愛を注ごうとしている。どんなに困難な状況においても、他者への眼差しと愛が循環しなければ、結局のところ自分のところには何も返ってこない。

愛だけじゃ食っていけないが、愛がなけりゃ生きていけない。

誰もが当事者であり、その意識を忘れてはならないと思いながら、決定的に当事者ではない。

だから何だ?

その距離感を自覚したなら、それでも当事者に寄り添おうとする態度こそが、僕に突きつけられているだけだ。

人には皆、物語がある。人だけじゃなく、野菜だって音楽だってパンだって洋服だって何だって、それらが僕らの目の前に差し出されるまでの物語が。

目の前にあるものだけをただ享受するだけでは、そこに至る様々な物語をイマジンすることは多分できない。

人やモノを含めて、その背後にある様々な物語を想像し、それに触れ、他者との圧倒的な距離感を自覚することで、本当の意味での思いやりやリスペクトや寄り添うことの意味が生まれるのではないのだろうか?

本当の意味で、自分の半径5㍍に固執して美しくするするということの意味。

ただ見つめているだけや、忘れないでいることや、祈るだけの行為に、あまり意味が見出せなくなってきた。

comments(0) , trackbacks(0), この記事を編集する


1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223